運営に特化した経営で、温泉旅館からホテル運営会社へ
「星野リゾート」は1914年に軽井沢で温泉旅館として創業。4代目の星野佳よし路はる氏が1991年に代表に就任して以降、家業から企業経営へと転換し、観光業の構造を再設計する取り組みを重ねてきた。バブル崩壊で観光業が低迷し、多くの旅館が資産と負債を抱える中で、同社は早くから「資産を持たずに運営に特化する」という方向を明確に打ち出した。これは、将来のホテル市場の変化を見据え、スピード感ある施設展開によって規模の経済を確保するための判断でもあった。
この「運営特化」という選択は、当然ながら複数のトレードオフを伴う。星野リゾートの特徴はこうしたトレードオフを伴う選択を組織・人材・ブランド・運営のすべての構造に貫いている点にある。たとえば、「運営特化」は「所有することで得られる利益をとらない」というトレードオフの上に成り立ち、「サービスチーム」は「分業型チーム」と対になる構造だ。また、「日本旅館メソッド」を活かす一方で、西洋ホテル型のマニュアル運営をあえて採用しない。さらに、上下関係よりも自律的な判断を重んじるフラットな組織文化づくりを進めていた。これらの要素は個別に真似できるものの、相互に結びついて全体として機能していて、部分的に模倣しても再現が難しい。
また、「どこで勝ち、どこで差別化し、どこを業界水準にとどめるか」を明確にする「ファイブウェイ・ポジショニング戦略」という戦略論があった。星野リゾートはこの考え方を自社の経営に応用し、商品・サービス・経験価値・買いやすさ・価格の5つの軸のうち「経験価値」を最も高水準に引き上げ、「買いやすさ」で差別化し、ほか3つは業界水準レベルでよいという戦略をとった。すべてを完璧にしようとするのではなく、経験価値で圧倒することに焦点を定めたのである。
販売の仕組みでは、「買いやすさ」で差別化するために宿泊予約サイトへの依存を減らす方針をとっていた。自社ホームページを通じた直接予約を拡大し、外部予約サイトでの販売手数料を抑えながら顧客との関係を維持する体制を構築。宿泊と食事、体験を一体で予約できる導線を整え、滞在全体をブランド体験として設計していた。
販売の仕組みでは、「買いやすさ」で差別化するために宿泊予約サイトへの依存を減らす方針をとっていた。自社ホームページを通じた直接予約を拡大し、外部予約サイトでの販売手数料を抑えながら顧客との関係を維持する体制を構築。宿泊と食事、体験を一体で予約できる導線を整え、滞在全体をブランド体験として設計していた。
資産構造の面では、不動産投資信託(REIT)を活用し、所有と運営を分離する仕組みを構築。投資家が資金を出し、ホテルやリゾート施設を保有・運用して収益を分配する。不動産を所有するREIT法人に対し、星野リゾートが運営契約を結び施設を運営する仕組みだ。資産運用は同社の100%子会社が担い、外部資本と内部経営を結ぶ役割を果たしていた。さらに、日本政策投資銀行と共同設立のファンドが新規の「開発」や再生プロジェクトを支え、外部資金の循環を生む。こうして自己資金に依存せず、新しい施設を開発する体制が整えられていったのである。
この資本分離の仕組みで星野リゾートは運営拠点を拡大し、ブランド体系を整備。「星のや」「 界」「 リゾナーレ」などを確立し、それぞれが地域の文化や自然を活かした滞在を提供していた。各ブランドは共通の運営思想のもと、立地や顧客層に応じた多様な価値をつくり出していた。このような星野リゾートのブランド、運営、人材、資本が相互に連動するこの構造が、他社が模倣できない競争優位の源泉となっていたのだ。