世界で初めていちごの安定量産ができるようになった植物工場
現代の農業は、気候変動や資源制約の影響を受け、安定的な生産が年々難しくなっている。農業人口は年々減少し、労働力不足や土地の制約も深刻化していく。こうした背景から、天候や人手に依存せず、都市部でも農作物を安定的に供給できる新しい仕組みとして注目されているのが植物工場である。
しかし、これまで植物工場の主力はレタスやハーブなどの葉物野菜に限られてきた。いちごなどの果菜類は受粉が欠かせないが、閉じた環境では花粉を媒介するハチがうまく飛ぶことができず、植物工場内での安定的な量産は不可能とされてきたからである。この壁を破ったのが、2017年にニューヨーク近郊で日本人が創業した「Oishii Farm」だった。
Oishii Farmは、植物工場をビジネスとして成り立たせるには、技術的難易度が高いとしても、味に差が出やすくブランドをつくりやすい作物からはじめるべきと考え、いちごの生産に挑んだ。日本の高品質ないちごを、それが手に入らないニューヨーク近郊で育てて販売することで、高い付加価値を提供することを目指した。研究を重ね、温度や湿度、光のスペクトルなどを制御し、ハチが「ここは屋外だ」と感じるほど自然な空間をつくり出すことで、屋内でも受粉を実現したのである。
さらにAIやセンサーを組み合わせ、細かく制御することで、通常の農法では60~70%程度とされる受粉成功率を95%まで高め、高品質ないちごを生産性高く、365日安定的に量産できるようにした。
こうして生まれた「Omakase Berry」は、ニューヨークのミシュラン星付きレストランで提供され、「まるでスイーツのようないちご」と評されるなど、セレブやシェフのあいだで瞬く間に話題となった。当初は1パック50ドルという高価格にもかかわらず需要は集中した。コスト削減により1パック10ドルとなった2025年現在、Wホールhole Foodsをはじめとする高級スーパー数百店舗以上に並ぶまでに成長した。高品質ないちごを、それが手に入らないニューヨークという場で販売することによるブランド戦略が成功の原動力となった一方で、その裏側では徹底した技術革新により、果物が植物工場で安定的に生産できるという新たな常識をつくり上げたのである。
2024年、Oishii Farmはニュージャージー州でメガファームと呼ばれる大規模施設を稼働開始。収穫ロボットの導入など、農作業の完全自動化に向けた基盤づくりを進めており、従来型農場の20倍にあたる生産性を目指している。こうした歩みは、植物工場を「葉物のための仕組み」から「サステナブルな次世代農業の基盤」へと押し広げる決定的な一歩となった。Oishii Farmの挑戦は、農作物のブランドづくりと技術革新を両輪にしながら、次の時代の食料供給の可能性を切り拓いている。