ソニーが30億円を預けてはじめたユニークな試み
かつてソニーの米国子会社でIoTブロック「MESH™」の普及に挑んでいた石川洋人氏は、米国の現場である課題に直面した。日本では教育現場で受け入れられた製品が、米国ではほとんど売れず、むしろ「学ぶことから離れてしまう若者=「Disconnected Youth」が増えている状況を目の当たりにしたのだ。テクノロジーの力で学びを届けたいという思いとは裏腹に、収益だけを基準にすると本当に必要な人に価値が届かない。この経験は、石川氏に「社会課題に事業として持続的に向き合う仕組みが必要だ」という確信を与えた。
そして、日本に戻り法人設立を模索する中、ソニーグループのトップマネジメントから「ほとんど儲もうからないけれど、社会にとって価値がある。ソニーの未来をつくってほしい」との言葉を受けたことが大きな後押しとなった。こうして2024年4月、ソニーグループ発の非営利型一般社団法人「Arc&Beyond」が設立された。
Arc&Beyondが挑むのは「経済合理性の外側」にある社会課題。社会的意義は大きいのに、収益が見込めないため形にならなかった活動は数多い。そこで同法人は「Arc&Beyond基金」を設立し、寄付や預かり金を投資会社を通じて運用。その運用益を社会課題解決事業にまわすことで、収益性に縛られない取り組みを可能にした。ソニーグループ自身も30億円を預け入れ、基盤を力強く支えている。
この仕組みを支えるのが2種類の共創パートナー。基金に資金を提供する「ファンドパートナー」と、各プロジェクトに知識やノウハウを提供する「ソリューションパートナー」だ。両者が連携することで、資金面と実行面の両方を備えた事業が生まれる。場合によってはファンドパートナーがソリューションパートナーを兼ねて事業に関わることもある。
すでに教育や福祉、スポーツ、社会起業など幅広い領域で活動がはじまっている。具体例の一つが、ソニーマーケティングと連携した少年院でのプログラミング教育だ。IoTブロック「MESH™」を使い、在院者が身近な課題をプログラムで解決する体験を設計。センサーを活用して「自分で考え、形にする」プロセスを学ぶ中で、成功体験や自己効力感を育んでいる。単なる教育機会の提供にとどまらず、その後の社会参画へとつなげていく構想も進んでいる。
Arc&Beyondの理念は「ネガティブをゼロにする」だけではなく、「ネガティブをポジティブに変える」ことにある。事業開発や運営費不足で立ち消えた取り組みを、テクノロジーやデザインを活用して持続可能な形に変換していく。誰もが胸を張って生きられる社会をつくるため、経済合理性の外側に挑戦する。その姿は、既存の営利・非営利の枠組みを越えた、新しい共創の形を提示しているのだ。