「不必要な失明を根絶する」ため医療の定説を覆したビジネスモデル
インドでは、2010年時点で年間400万人もの国民が、失明の主な原因である白内障を患っており、当時の全世界の失明患者数の4分の1を占めていた。その多くは適切な治療を受ければ失明を避けられたが、貧困が原因で治療を受けられない状況だった。
課題を感じたDr. Gゴヴィンダッパovindappa Vヴェンカタスワミーenkataswamy(通称ドクターV)は、1976年にインド南部のマドゥライに「アラビンド眼科病院(Aravind Eye Hospital)」を設立。「不必要な失明を根絶する」というビジョンを掲げ、貧しい人たちが無償で治療を受けられる、独自の「Aravind Eye Care System」と呼ばれるビジネスモデルを構築した。
医療費は、全額負担・一部負担・無料と段階を設け、患者は所得審査を受けることなく自分で支払形態を選ぶことができる。ほかの患者の負担額から無償分の医療費をまかないながら黒字経営を実現しているのだ。
こうした持続性を支えているのが、独自の高効率な手術体制だ。アラビンド眼科病院では、1つの手術室に複数の患者が入り、医師が1人の手術を行うあいだにスタッフが次の患者の準備を進める。医師以外のスタッフが役割を分担することで医師は手術に専念でき、回転率が飛躍的に高まる。
一見すると衛生面の懸念を抱かれそうだが、実際には清潔区域を厳格に分け、器具は患者ごとに完全滅菌される。その結果、感染率は欧米の大病院と同等レベルに抑えられ、安全性と効率性を両立した体制が実現している。こうした高回転を支える仕組みとして、独自のトレーニングプログラムがある。医師だけでなく看護師や技師も多能工として訓練され、世界各地の医療機関にもノウハウが共有されている。
もう一つの柱が、医療コストを根本から下げたサプライチェーンの内製化だ。1992年に設立された自社工場 Aオーロラボurolabでは、人工レンズや手術器具、縫合糸などを製造。製造原価と流通コストを徹底的に下げることで、欧米価格の10分の1以下、1枚あたり10ドル未満で高品質な眼内レンズを供給している。
このレンズはアラビンド眼科病院内で使われるだけでなく、インド国内外の医療機関やNGOにも販売され、白内障手術の普及とコスト削減に大きく貢献。年間数百万枚が出荷され、その収益が再び医療現場に還元される循環をつくっている。医療の効率化、コスト削減、そして公平なアクセス。これら3つを有機的に結びつけたアラビンド眼科病院のビジネスモデルは、単なる病院経営を超え、医療を社会インフラとして機能させる仕組みへと進化している。
“To eliminate needless blindness.”(不必要な失明を根絶する)という理念のもと、アラビンド眼科病院は経済性と社会性を両立させた医療の仕組みを築き、そのモデルは世界各地の医療現場にも波及している。