微生物多様性の研究を社会に示す試み
現代の都市では、衛生管理の徹底や除菌の習慣が広がる一方で、環境中の微生物の多様性が著しく低下している。無害な微生物まで減少することで、病原菌など特定の微生物のみが繁殖しやすくなり、感染症の拡大や薬剤耐性菌が生まれる要因となっている。また、空調設備の普及や密閉構造の建物が増え、土壌や植物などからさまざまな微生物が室内に取り込まれにくく、自然由来の微生物と触れる機会が減少した。人が多様な微生物に接する機会が減ることで、免疫機能の発達や健康維持にも影響がおよぶと考えられている。
「BIOTA」はこの課題を「環境中の微生物多様性の欠如」ととらえ、都市や生活空間の生態的バランスを取り戻すことを目的に活動をはじめた。除菌で微生物を排除するのではなく、有用な微生物を意図的に導入して多様性を高めるという「加菌™」の考え方を提唱し、複数の微生物が共存することで病原菌の増殖を抑え、安定した生態系を維持するという研究成果を社会に発信している。この発想は、環境中の微生物の多様性が高いと拮きっ抗こう作用が生じ、特定の微生物だけが増殖することを防ぐ傾向にあるという医学・学術的知見に基づいている。
BIOTAの活動基盤は、マイクロバイオーム解析技術と独自のデータベースにある。空間中の目には見えない微生物をDNAレベルで網羅的に解析し、その種類や機能を明らかにすることで、「微生物多様性スコア」や「健康度」を定量的に把握する。蓄積した膨大なデータをもとに空間の状態を評価・比較し、研究機関と共同で都市や建築物のマイクロバイオーム解析を進めた。創業初期は大学や研究機関を中心に、共同研究や受託調査を通じて科学的データを社会実装へと結びつけ、微生物多様性という新たな研究領域を都市の文脈に接続していた。こうした研究活動は、科学の知を、閉じた専門領域にとどめず、社会の中で共有しながら価値を再構築する試みでもあった。
その延長として、文化・教育機関との連携が進み、研究成果を社会に伝えるための展示や教育活動がはじまった。科学館や美術館での展示監修や教育プログラムを通じて微生物の存在を視覚的・体験的に伝え、人々が自然と関わる感覚を取り戻す場をつくった。2022年には、日本科学未来館で都市生活における微生物との共生をテーマに展示監修を担当し、居住空間を再現した体験展示や微生物の営みを可視化するアート作品を通じて、研究成果を文化的・教育的な形で社会に提示した。展示では来場者の反応から、微生物を「見えない他者」としてとらえ直す視点が生まれ、研究者と生活者のあいだに新たな対話が生まれた。
この時期のBIOTAは、研究と文化醸成の2軸を行き来しつつ、微生物多様性の価値を科学と社会のあいだで翻訳する役割を果たしていた。研究成果を体験に変換する営みが、のちに空間そのものを設計し、環境と人の関係を再構築する活動へと発展する礎いしずえとなった。