熟成工程とブランドを共同化することでキャッシュフローと品質を改善
かつて日本の食卓では保存性の高いプロセスチーズが主流で、熟成を楽しむナチュラルチーズは一部の嗜好品に限られていたが、食の多様化に伴い国内のチーズ工房数はここ20年で急増した。しかし、本格的な熟成チーズの製造には、厳格な温湿度管理が可能な専用設備や、数ヶ月から数年に及ぶ熟成期間中のキャッシュフローの停滞、さらには微生物を制御する熟練の技術が必要となるため、需要が高まる一方で、小規模な工房にとっては技術面・経営面ともに依然として高いハードルが存在していた。
こうしたなかで、日本の乳製品として初めて地理的表示(GI)保護制度に登録され、新たな取り組みとして注目されているのが「十勝プライド」だ。十勝プライドは、北海道十勝地方の複数の工房が結集して生まれた地域統一ブランドで、十勝品質事業協同組合が運営している。その看板商品の「十勝ラクレット」は、その高い品質により首都圏の百貨店や高級ホテル、一流レストランから支持を集めている。
そのブランドの原点となったのは、十勝の職人たちが抱いていた「個の限界」への危機感だ。もともと十勝には情熱あるチーズ工房が点在していたが、小規模ゆえに熟成中の在庫リスクや販路開拓の負担が重く、世界と戦える規模への成長は困難を極めていた。そこで2017年、複数の工房がライバルの垣根を超え、「共同熟成」という全国でも類を見ないビジネスモデルを立ち上げた。これは、個々の工房が製造に専念し、最も難易度の高い熟成と販売を組合が一括管理する、いわば地域の共同戦線だった。
十勝ラクレットの特徴は、十勝のテロワール(風土)を凝縮した独自の熟成手法にある。特筆すべきは、十勝川温泉の「モール温泉水」を用いた「モールウォッシュ」工程で専属の熟成士が温泉水でチーズの表面を丁寧に磨き上げることで、特有の臭みを抑えつつ、芳醇でまろやかな旨みを引き出すことに成功した。この「モール温泉水」を使用する独自の製法と、十勝の風土との強い結びつきが認められたことで、農林水産省の「地理的表示(GI)保護制度」に、日本の乳製品として初めて登録されている。実際に、国内外のコンテストでは、世界最大級の「ワールド・チーズ・アワード」での銅賞受賞をはじめ、数々の栄冠に輝き、専門家からも「雑味がなく、ミルクの甘みが際立っている」と極めて高い評価を得ている。
この品質を支えるのが、職人と組合のあいだで構築された「分業と共創」だ。工房は熟成前のチーズを組合の共同熟成庫へ納入した段階で決済(支払い)を受けることができ、長期熟成に伴う資金の固定化から解放される。さらに、共同熟成庫では専属の熟成士がチーズの状態を厳密に管理することで、個々の工房では困難だった高品質かつ安定的なチーズ作りが可能になった。
販売面では、複数のチーズ工房が連携して生産・熟成を行うことで、小規模な単独工房では難しかった供給量の確保を実現した。これにより、従来のホテルや飲食店などの小口受注だけでなく百貨店などの大口受注にも柔軟に対応できる体制を整え、組合が「十勝プライド」という強力なマスターブランドとして一括して販路を開拓することで、個別の工房では成し得なかったナショナルブランドとしての地位を確立した。
十勝プライドは、共同熟成という逆転の発想と徹底したブランディングによって、職人の「こだわり」と「経営の合理性」を高度に融合させた。価格競争に巻き込まれない「信頼のポジション」を築き、伝統的なチーズづくりを現代のビジネスモデルとして再構築した。その積み重ねが、地域の小規模生産者が世界を相手に戦うための、新たなモノづくりの形を示している。