自社で製造から販売、ブランディングまで行い高価格でも売れる仕組みを構築
かつて日本の家庭において、「だし」は当たり前の存在だった。昆布やかつお節から丁寧に取る本格的なだしは和食の土台であり、味の決め手でもあった。しかし高度経済成長以降、共働き世帯の増加や生活の効率化が進むなかで、顆粒だしや化学調味料が広く普及し、「手軽さ」が優先されるようになった。一方、2000年代に入ると、食の安全や健康志向の高まりを背景に、「簡単だが、きちんと美味しいもの」を求める声も強まっていった。
こうしたなかで存在感を高めたのが、久原本家グループが展開する「茅乃舎」である。久原本家グループは、明治期に醤油蔵として創業した福岡発の食品メーカーで、茅乃舎は同グループが展開する和食中心の調味料ブランドだ。その看板商品の一つである「茅乃舎だし」は8g×30袋入りで2,000円台前半という価格帯に設定されている。スーパーで販売される一般的なだしと比べれば高価格帯だが、それでも多くの家庭に受け入れられてきた。現在では全国の百貨店や商業施設に直営店舗を展開し、グループ全体の売上高は327億円(2025年2月期)に達している。
そのブランドの原点となったのが、久原本家が運営する「御料理 茅乃舎」である。もともと久原本家は加工調味料の下請け的立場で成長してきたが、自社ブランドを育てなければ持続的な発展はないという危機感を抱いていた。そこで2005年に福岡の里山に「御料理 茅乃舎」を開業した。このレストランは、久原本家の哲学や味づくりを体現する場、すなわちブランドの象徴として位置づけられた。ここで提供された天然だしを使った料理が評判を呼び、「あのだしを自宅でも使いたい」という顧客の声がきっかけとなり、茅乃舎だしが商品化された。
茅乃舎だしの商品設計にあたっては、「御料理 茅乃舎」の料理長が素材選定や味づくりに関わり、「自分が買うかどうか」という基準で磨き上げられた。また、茅乃舎だしはだしパックという形状を用いており、専門技術がなくても本格的な味を引き出せるよう工夫されている。そうすることで、お店の味を家で簡単に再現できるように設計された。実際に、食品のレビューサイトでは「上品な味で風味がある」「自分の料理がワンランク上がる」と人気がある。
こうして開発された商品は、製造から販売までを一貫して手がけるSPA(製造小売)モデルによって全国へ展開されている。販売面では、久原本家は卸売に依存せず、2010年から百貨店や商業施設を中心に直営店舗を展開することで、価格や売り方だけでなく、空間や接客を含めたブランド体験を自ら設計してきた。茅乃舎の店舗に行けば、和を基調とした設え、丁寧な接客、試食を通じた対話が体験できる。通信販売でリピーター顧客を獲得しつつ、直営店舗は広告塔かつファン形成の場として機能している。
さらに、店舗だけでなく冊子やウェブサイトでのレシピ提案を通じて、商品単体ではなく「食卓の体験」全体を提供する。これらはすべて、「手間ひまかけたおいしさを家庭で体験してもらう」という思想に支えられている。こうした一連の体験の設計によって、茅乃舎の確かな品質と伝統を重んじる世界観が伝わり、日本全国で多くの人に知られるブランドとなった。
茅乃舎は、SPAモデルとブランディングによって価値を自ら設計し、価格ではなく信頼で選ばれる立場を築き、伝統の味を現代の生活に合わせて再構築した。その積み重ねが、日常必需品の高付加価値化という新たな市場を生み出している。