移動が難しくても、社会の一員として働ける仕組み
カフェをはじめとした飲食店における接客業は、長らく「人がその場に立つこと」を前提として成立してきた。客の前に身体を運び、同じ空間を共有し、対面でやり取りを行うこと。それは接客の基本であると同時に、働くための暗黙の条件でもあった。しかしこの前提は、身体的な制約や移動の困難さを抱える人々にとって、仕事や社会参加の機会を大きく制限してきた側面も持つ。
株式会社オリィ研究所は、こうした状況を背景に「人類の孤独を解消する」というミッションを掲げ、コミュニケーションテクノロジーの開発と社会実装に取り組んできた。従来、孤独の問題は本人の努力や周囲の支援によって対処されることが多く、その根本にある「移動がしづらい」「対話の機会が少ない」「役割を担いづらい」といった課題は見過ごされがちだった。オリィ研究所は、これらの課題を個人に帰属させるのではなく、テクノロジーの力によって社会の側から解きほぐそうとしている。
分身ロボットカフェDAWN ver.βは、その思想を具体的な事業として実装した試みである。ここで行われているのは、単なるロボット接客や福祉的な配慮ではない。カフェという日常に開かれた場を用いながら、身体的な制約に縛られずに人々の新しい社会参加の形の実現を志す取り組みである。
このカフェでは、オリィ研究所が開発してきた分身ロボット「OriHime」が配備され、飲食を楽しむことができる。来店客は入場チケットを購入して利用する仕組みとなっており、通常のカフェ席では大人一人2,000円の入場料にドリンクが含まれるほか、OriHimeによる卓上接客を体験できるプランでは大人一人5,000円の料金が設定されている。東京・日本橋にある店は年間6万人が訪れる人気店のようだ。
その人気の要因の一つが、人がOriHImeを遠隔で操作しながら行う接客だ。OriHimeは、遠隔操作でありながらその場にいる感覚を他者と共有できる分身ロボットだ。インターネットを通じて操作されるこの端末が店に立つことで、「パイロット」と呼ばれる遠隔で接客を行うスタッフの意思や判断が、来店客との対話の中に現れる。パイロット自身の身体は店内に存在しない。それでも、声のやり取りや応答のタイミング、気配りといった接客行為はその場で成立する。
この構造は、「人が店に立つ」というこれまでの接客業の常識を大きく変えている。ここで主役となるのはロボットそのものではない。ロボットはあくまで媒介であり、店に現れているのは操作する人の意思である。また、”分身”という考え方によって「移動」という制約は取り払われ、「対話」の心理的・身体的な負担は軽減される。分身ロボットカフェDAWN ver.βでは入院や身体障害などによる「移動の制約」を抱える人たちが「パイロット」として働き、外出が難しい人がテレワークでは難しかった接客や対人サービスといった役割にも参加できるという新しい社会参加の形を実現している。
分身ロボットカフェDAWN ver.βは、単にロボットを活用するための実験的な場ではない。身体的な制約や移動の困難を持つ人が、その場にいけなくても役割を持ち、他者と関係を結べることを、日常的な「カフェ」という空間で実際の事業として成立させている。オリィ研究所は2020年までに累計5億円の資金調達を受けており、コミュニケーションテクノロジーを中心とした開発や事業を通じて、分身ロボットカフェDAWN ver.βのような社会参加の仕組みや場をさらに拡張していきそうだ。