まちの個性豊かなお店や個人店が「ここにしかない場」を創り出す
都市再開発は多くの都市で繰り返し行われてきた。とりわけ駅前の一等地は高い収益性を求められ、それが難しい土地であれば駐車場になることも多い。再開発の進め方は、大手デベロッパーによるトップダウンで計画が進み、地域住民の意思が十分に反映されないまま街の姿が大きく変わってしまう例も少なくない。その結果として、個性的な小さな店や、その土地ならではの店が街から姿を消し、全国どこでも見かけるようなチェーン店が並ぶ均質的な空間が多くの都市で見られるようになった。
そうした中で、小田急電鉄株式会社(以下、「小田急電鉄」)は、路線の一部の地下化によって生まれた線路跡地を開発するプロジェクトを少し違ったアプローチで展開した。小田急線東北沢駅から世田谷代田駅の三駅にまたがる全長1.7kmの跡地は、駅ごとに地域の特性が異なり、周辺住民も地域に対する関心を強く持っているエリアだ。そのため、小田急電鉄は従来型のデベロッパー主導ではなく、地域のプレイヤーを支援しながら、地域の魅力を引き出すことを重視して開発した。そうして生まれたのが全13区画からなる「下北線路街」だ。
BONUS TRACKはこの「下北線路街」の一つとして誕生した区画である。ここでは、二階建ての小さな店舗が路地のように並び、その間に植栽が豊かな広場があって、地域に開かれた公園のような商店街がつくられた。特徴的なのは、ここに入るテナントの賃料が低く設定され、資金力が乏しくても個性の豊かな店舗や個人店が出店しやすくなっていることだ。そうすることで、下北沢らしいユニークなお店が集まって「ここならではの雰囲気」が生まれ、平日は周辺住民によく利用されるだけでなく、週末は県外からも客が訪れるような場所になっている。
この施設の開発から携わり、現在運営しているのが株式会社散歩社(以下、「散歩社」)だ。小田急電鉄から20年間の定期借地で区画を借り上げ、企画やテナント誘致、運営、管理までを一手に担っている。散歩社は、BONUS TRACKを運営していくために、大きく分けて二つの収益の柱をもっている。一つはBONUS TRACKのテナント事業であり、もう一つがイベント事業である。
BONUS TRACKには、発酵専門店や泊まれる書店、レコード店など個性あふれる10以上の店舗が集まる。散歩社は、これらの店舗と月に一度店長会議を開き、BONUS TRACKの広場のテーブルなどの共有物や共益費などについて話し合い、ともに施設を盛り上げる。その一方で、散歩社は積極的にイベントの持ち込み企画や協賛を集め、週末を中心に食や文化、芸術、社会的なテーマを題材とした様々なイベントを開催している。
こうしたイベントは、各店舗の個性によって醸成されたBONUS TRACKのブランド価値によって呼び込まれるが、イベント開催によって、その参加者が自然と各店舗へ足を運ぶという販促効果もあるのだ。店舗の個性とイベントが相互に作用し、場の価値を持続的に高める仕組みになっている。
また、BONUS TRACKは広大な土地ではないものの、店舗のほかにギャラリーやキッチンスペース、ラウンジ、駐車場がある。こうした場所では、個人が期間限定のお店や個展を開いたり、コワーキングスペースとして利用することも可能だ。こうした余白が、地域住民が思い思いの活動をする機会を生み出す。訪れる人にとっては、ただ買い物をするだけではなく、歩きながら思いがけない出会いや発見を楽しめる場所であり、街を散歩する感覚で回遊できる魅力になっている。BONUS TRACKは、再開発時もその後も、住民が関わる余白を多く持ち、持続的に街に活気を生み出す好例だ。