研究者と社会を結びつける新しい形を提案
日本には約34万人もの大学所属研究者が存在する。日々の研究は本来、社会課題の解決や新たな価値の創出につながる潜在力を持つが、現実には、その成果は産業や政策の意思決定に反映されにくく、研究知は社会から切り離されたまま蓄積されている。大学内の評価制度は論文数や学術雑誌の影響度などに偏り、企業は短期的収益を重視して、研究者と社会のあいだに構造的な断絶が生じている。知が循環せず、社会も研究者も互いに孤立したままという状況が続いてきたのである。
この断絶をつなぎ直そうとするのが、2021年にNPO法人ミラツクを母体に設立された株式会社エッセンスである。この会社は、研究知を社会に開くためのメディア「esse-sense」を運営し、研究者自身の言葉で研究の背景や問いの根源を語る場をつくっている。取り上げる領域は、宇宙、AI、気候変動、哲学、建築、音楽など多岐にわたり、分野を超えた知の横断と偶然の出合いを意図的に設計している。論文では伝わらない研究者の人間性や探究の過程を可視化することで、知の担い手を社会と接続する試みである。
創業初期のエッセンスは、研究者にとって信頼できる存在となることを最優先に据えていた。研究者の利益に資する活動に徹し、金銭的な収益よりも、社会関係資本の蓄積を重視した。経済的資本ではなく、信頼そのものを資本と見なす設計思想が、創業期から一貫して根底にある。
この思想は会社の制度構造にも具体的に反映されている。エッセンスは「組合型の株式会社」という独自の形態を採用していて、株式会社でありながら、資本による支配が起きないように設計されている。出資比率にかかわらず、議決権は原則1人1票。資金の多寡ではなく、理念への共感を基準に投資家を迎える仕組みだ。短期的リターンを求める資本は排除され、活動目的や社会的意義を理解したうえで中長期的に関わる支援者だけが参加できる構造となっている。また、研究者の価値を毀き損そんする事業を行わないことを、会社の根幹をなす定てい款かんに明記している。
この仕組みにより、資本と意思決定のあいだに生じがちな不均衡をなくし、「誰かの所有物ではなく、理念を共有する人々の公共財としての株式会社」を実現している。資本の民主化を、株式会社という制度の内部から実装しようとする点に、エッセンスの制度的挑戦がある。
さらに、研究者と市民を直接結ぶ試みとして、2023年には月額制で研究活動を支援できる「パトロン」制度を導入。支援者は講義や研究室見学を通じて研究の現場に触れ、研究者は社会の共感を得ながら継続的に活動資金を確保できる。メディアを介して生まれた関係性が、少額ながら経済的支援へと転化する仕組みであり、研究と社会を結ぶ最初の経済回路だった。
エッセンスの創業期は、研究知の社会的孤立を「関係と制度の再設計」によって解こうとした実験の段階だった。情報の発信を超え、研究と社会のあいだに“信頼のインフラ”を築くことこそが、次の段階で知を構造的に流通させるための基盤となっていった。